すばるの雑談

大学生すばるの考えていることや日常の出来事、ちょっと役に立つ知識を発信していくブログです。

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人に相談するのはものすごく勇気がいるって話

みなさん、こんにちは。すばるです!

今日は久々に自分探しなるものをしていこうと思う。

 

今日のテーマはタイトルにある通り、『人に相談するのはものすごく勇気がいる』って話。

 

この前、twitter上でやり取りをしていてふと思った。

みんな何かしら辛さや悩みを抱えながらも、それを誰かに相談するのはものすごく勇気がいることなんだよな。

僕自身、人に何かを相談するのはすごく苦手だし、どこか躊躇しちゃう部分がある。

 

周りの友達には、「何かあれば相談してね」って言うけど、自分は全くと言っていいほど人に相談はできないっていう矛盾(?)。

相談に乗ってて友達がプラスの方向に進んでいける様子、心のモヤモヤが解消されていく様子を見ると、相談ってやっぱいいなとも思う。

 

でも、やっぱりなぜかできないんだよな。

だから、道が見えてはまた迷ってを繰り返して、迷子の自分を続けているのかもしれない。

そんな迷子のとき、この歌詞がすごく心に響く。

 

けどまだ強がってるんだよ

まだバリアを貼ってるんだよ

痛みと戦ってるんだよ

辛いとき辛いと言えたらいいのになぁ

僕達は強がって笑う弱虫だ

Aqua Timez 「決意の朝に」より)

 

周りから見た自分は強いのかもしれないし、しっかりしているのかもしれない。

けど、本当は強がってるだけの弱虫。

勇気を持てない弱い自分がそこにいるだけ。

 

 

まあ、そんな自分の話はいったん置いといて。

相談に限らずだが、人と人とのやり取りって、野球のピッチャーとキャッチャーとの関係に似ていると思う。

※ここから少し野球の例えが出てきますが、雰囲気で感じ取ってもらえればと思います。

 

どちらかが球を投げて、どちらかがそれを受け取る。

そんでピッチャーとキャッチャーの役割を定期的に交代していく。

良い関係性であれば、テンポよくキャッチボールが交わされ、はじめましてだったり、仲が悪かったりだと、どこかうまくボールの交換が行われなかったりする。

 

ここでポイントなのが、ピッチャーってのはたくさん球種(話のネタ)を持っている。

ストレートもあれば、カーブやスライダー、フォークだって投げられたりする。

 

そんで人によってうまく球種を投げ分けている。

A君にはストレートとカーブを投げて、Bさんにはストレートとフォークを投げてっていった感じ。

 

多分、僕らは意識してなのか無意識なのかは分からないが、こんな感じでどんどん器用なピッチャーになっていってるのだと思う。

 

でもさ、そんな中でふと気づく。

「俺、まだ投げれてない球があるじゃん」って

 

また野球で例えるなら、「俺、ナックル投げれるけど誰にも投げたことがない」といった感じ。

で、この投げれてない球こそ、多分自分の弱い部分、抱えている辛さや悩みなんだと思う。

 

 

なんでナックルが投げられないかって?

 

多分、みんな怖いんだよな。

・うまくキャッチしてもらえなかったら…
・ボールが二度と戻ってこなかったら…
・他の球種も投げられなくなるかも…

 

相談するのが苦手って人は、こんな感じの不安をみんな心の奥底に抱えているんやと思う。

特に、それまでうまくキャッチボールできてた関係性が壊れるのは誰しもが怖い。

 

 

じゃあ、カウンセラーとかに相談すればって話も出てくる。

 

もちろん、カウンセラーとかに自分の弱みを打ち明けられるならそれでいい。

それで前に進めるなら、思いっきり投げてくるべきだと思う。

 

でもさ、人間そんな強くないんよな。

見ず知らずの人に、その場きりだからと、いきなりナックル投げられますか?

全員がYesではないよな。

 

 

人間、そんなもんなんよ。

俺もそうだが、相談が苦手ってやつは、誰かに投げるのではなく、壁に向かって投げては跳ね返ってきたのをまた投げてを繰り返す。

心の奥底では誰かにキャッチしてほしいと思いながらも、今日も壁投げの無限ループから抜け出せずにいる。

 

 

でさ、ここからがちょっと本題。

最近、ふと思うのが、別に無理して人にナックル投げる必要ないんじゃね?ってこと。今は壁投げ続けていればいんじゃね?ってこと。

 

19年しか生きてない俺が言うのも変な話だが、

人生生きてりゃ、この人になら
ナックル投げれる!
受け止めて返球してくれる!
そんな人に必ず出会える。

 

それは

今、目の前いる誰かかもしれないし、
数年後に出会う友人や恋人かもしれないし、
自分の町にいるカウンセラーかもしれないし、
居酒屋でたまたま出会うおっさんかもしれない。

 

 

自分の弱みを吐き出せる人。それはもしかしたら、”今”はいないかもしれない。

でも、いつかは自分の弱みを吐き出せる誰かに出会える、または、今、目の前にいる人が誰かになってくれる。

 

そのいつかを”今”は気長に待ちながら、壁投げをしていればいいんじゃないってのが、最近の自分の思うこと。

 

 

相談する勇気を持たなきゃいつまで経っても変わらないって意見もすごく分かる。

一生弱い自分のままって意見も分かる。

 

けどさ、無理に投げた一球で、ただ闇雲にそこにいた相手に投げた一球で、本当の意味で人は変われないと思う。

多分、壁投げ同様に楽にはなる。けど、それは痛み止めに過ぎない。

痛み止めなんだから、しばらくは楽になるけど、少ししたらまた痛みがぶり返す。

 

相談したいことってのは、繰り返しになるが、その人の弱さであり、辛さであり、悩みである。

言い換えれば、その人の成長の種でもある。

 

どうせなら、痛いを痛み止めでごまかすんじゃなくて、成長の種を誰かと一緒に育てていく未来を目指した方がきっと自分のためになる。

 

 

勇気を持つことは大切だし、 人生逃げてばかりじゃいられない。

でも、その勇気を持つのは必ずしも"今"じゃなくてもいいと思う。

 

自分がこの人ならって思える誰かに出会えたとき、自分の弱さを受け止めてくれるキャッチャーに出会えたとき、きっとそのときに勇気を持って全力で投げだせばいい。

 

 

さてさて、こんなことを話しているうちに話の終着点を見失ってしまいました(笑)

一応、自分探しの記事なので、最後に自分語りを少し。

 

大学1年生の春休みから、半年近く、道が見えては迷子になってを繰り返してきた自分。

もう何度壁投げをしたかも分からない。

いい加減、壁に穴空いてくれないかな~とか思ったり(笑)

 

つまらない冗談は置いといて。

そんな僕もつい最近、もしかしたらこの人になら自分の弱さを、辛さを、悩みを吐き出せるかもって人に出会えた。

まあ、あくまで吐き出せるかものレベルですが…

 

それでも、相談の”そ”の字すら考えられなかった自分が、マウンドに登ろうとしているのはすごい進歩かなと思う。

全力でぶつけられたとして、その先に何があるかは分からない。

 

もちろん、投げ出したボールが返ってこない可能性もある。

でも、多分その人なら、受け止めて、投げ返して、新しい道を見せてくれるんじゃないかな。

 

成長の種から素敵な花を咲かせたいな(笑)